2019.07.12 ・  /

本焼きと霞

本焼きと霞と呼ばれる和包丁の二種類の焼入れ方法についてまとめています。

和包丁には構造と焼き入れの仕方により「本焼き」と「霞 (合わせ)」という2種類の製造方法があります。見た目にはほとんど分からないこの2種類ですが、構造も製法も全く異なっており「本焼き」は非常に高価です。

もちろん「本焼き」は価格に見合う手間がかかっており、切り口も非常に良く仕上がるといわれていますが、製造技術に左右されるもので、鍛造の技術も上がった現在では全ての本焼き包丁が霞(合わせ)包丁に勝るといえない状況になってきています。

職人の方でも出刃や薄刃などを通常使うのであれば、合わせ包丁を使った方が良く、刺身包丁などここぞという場合に本焼きを用いるなど、お互いの長所を取り入れた使いこなし術を身につけることをお勧めします。

「本焼き」は人を選ぶ究極の1本

本焼き包丁は、基本的に単一のハガネ材で製造される「全鋼製」の包丁になります。

一般的に洋包丁などは全体に高温で熱する「焼き」工程を行い、その後折れやすい首元などを再度熱する「焼き鈍し(やきなまし)」という工程という流れになりますが、「本焼き」の場合、焼き入れ前に刃先以外の「焼き」を入れない部分に焼き土や砥粒を厚く盛り、一度の焼き工程で、焼きの入っている部分と入っていない部分を作ります。

この製造方法が日本刀の焼き入れ方法に似ていることから「本焼き」と呼ばれるようになったといわれています。つまり、「本焼き」以外の包丁は本当の焼きが入っていないというわけではないのです。

「本焼き」の場合は元来白紙鋼などの焼き入れにクセのある素材を用い、1丁1丁調整を行いながら製造するため、製造に大変手間がかかることから非常に高価になります。

しっかりとした技術を持った職人による「本焼き」で作られた包丁は非常に硬度が出ていて、製品になってからの狂いが発生しにくいことが特徴になりますが、特に一度「焼き」を入れた後に歪みなどを取ることが至難の業で、修正の仕方を間違えると大きく刃が割れてしまったり、最悪の場合、真っ二つに折れてしまう場合があります。

これは研ぎ直し等も同様で研ぎ直しは非常に難しく不用意な力の入れ方や衝撃などによって真っ二つに折れてしまう可能性があり、取扱いなどには非常に技術と経験がいる扱う人を選ぶ包丁でもあります。

日本刀と同様に、焼き土や砥粒の盛られていた「焼き」の入っていないところと、刃先の「焼き」の入っているところの境目が「焼境」としてかすかに刃紋のように現れる場合が多く、見た目からも好む板前さんも多いようです。

切り口が霞などと比べても綺麗で刺身などの切り分けに向いているほか、同じ食材などを切り続ける場合にも切れ味が変わらないとされています。

基本的に柳刃や蛸引きなどの刺身包丁などの最高峰として使用されますが、上記のような性質上、出刃などの衝撃が加わる可能性のある包丁には向いておらず、藤次郎株式会社でも一般向けの製品として製造は行っておりません。

「霞」は扱いやすさの証拠

これに対し「霞 (合わせ)」は軟鉄とハガネを組み合わせた「複合鍛造」の包丁です。刃になる部分にハガネ、それ以外の部分に軟鉄を用いることにより、丈夫で扱いやすいとが最大の特徴と言えます。

軟鉄を用いていることで、一度に刀身を「焼き入れ」しても軟鉄部には焼きが入らず、ハガネを粘り強い軟鉄で補強したような構造になっています。これにより大きな刃欠けや真っ二つに割れるという心配が無く、硬いものなどを切っても刃こぼれしにくい、一般的に扱いやすい特性があります。

製造上も、焼き入れ後の修正がしやすいため、比較的安価で製造しやすく、ハガネ部に様々な材料を使用できることも特徴です。このため多数の「霞 (合わせ)」包丁が出回っており、好みに合った包丁を選ぶことができます。

「霞 (合わせ)」の名前の由来は、ハガネと軟鉄部の接合部の違いが切り刃に現れ、硬いハガネは光沢があるのに対し、軟鉄部は霞がかったようなくすみがあることからこう呼ばれます。

欠点としては異種材を貼り合わせているため、時間経過によりハガネと軟鉄の伸縮率の違いが、刀身の歪みや反りを発生させやすく、フグ引きなどの薄めの包丁ではその現象が顕著に表れる場合があります。ただし、力を加えて反りを直すことも可能で、鍛造技術の上がった最近の「霞 (合わせ)」包丁ではこのような歪みがでない優秀なものも増えています。

「本焼き」、「霞」でない和包丁?

また、一般的に安価なグレードの物の場合は、炭素鋼やステンレス鋼の単層材の全鋼包丁を使用して製造する場合や、既に軟鉄とハガネを貼り合わせ圧延した材料の「利器材」を用いて製造する場合もあります。

抜き刃物の製造方法で製作される場合はこのような材料を用い、「焼き入れ」時には「霞 (合わせ)」と同様に全体に焼きを入れ、高周波で部分的に「焼き鈍し」を行う場合や、全体を「焼き鈍し」て全体の硬度を下げて製造する方法もあります。洋包丁などの作り方に近い形で、大量生産に向いており「霞 (合わせ)」などに比べても安価に手に入れることができます。

品質が均一で当たり外れが少ないことが特徴ですが、前述のように焼き鈍しが全体に入っている場合もあり、全体硬度をあえて落としていることから、切れ味には劣る場合がありますが、お手入れなども簡単で扱いやすく家庭で使用する用途であれば十分使用に耐えます。また、最近の「利器材」の性能も上がっていることから「霞 (合わせ)」包丁と同様の切れ味を誇る業務用向けの包丁も多数出てきています。