2019.07.12 ・  /

切れ味と硬度

包丁の切れ味における硬度の関係性について解説しています。

切れ味と硬度の関係

切れ味は文字通り、数値で表現できない「味」であり、この切れ味は材料や焼き入れだけでは実現することは出来ません。刃物用材料を適切に焼き入れすると材料としての特性に応じた硬度が出ますが、この硬度が高いことが刃物の性能として高いことにはなりません。

製造メーカーによってはこの硬度表記に偏った場合もあり、注意が必要です。このページでは材料と焼き入れ、構造などの関係を確認し、切れ味と硬度の関係性を紐解いてみましょう。

切れ味の性能は硬度のみで成り立たない

包丁の切れ味を創り出す要素は、材料としての性能「硬度」と、刀身の構造「研削構造」、そして刃先の性能「刃角」が密接に絡み合っています。硬度が高くても刃角が鈍角では切れ味には優れませんし、刃角がいくら鋭利でも硬度が低いと切れ味を保つことが出来ず、すぐに刃先が丸まってしまいます。

また、硬度が高く刃先が鋭い場合は切れ味に優れますが、横方向に力に脆くなるため刃欠けなどが発生しやすくなってしまいます。

包丁を売る上では確かにこの硬度の表記がひとつの指標にもなっていた時代があります。以前では弊社でもすべての包丁にこの硬度の基準であるHRC硬度(ロックウェルC基準)を表記しておりました。しかし、藤次郎株式会社では、この硬度至上主義は包丁のためにいい影響を与えないと考えており、あえて表記を行わないスタンスで商品を提供しております。

すべての弊社商品は明確な基準による硬度を設定しておりますが、お客様には硬度の誤った認識を提供したくない、そして明確な「切れ味」を提供したいという姿勢であることをご理解頂く事が出来れば幸いです。

硬度と靱性の両立

石やブロック塀などを例に取ってみましょう。石やブロックなどは表面は非常に硬く、表面への荷重をかけても、まず、変形をおこしたりすることはありません。しかし、ある荷重点を超えると、石もブロックも割れたり、粉砕してしまいます。

これは石やブロックに靱性(バネ性)が無いことによって起こる現象で、素材自体が荷重を逃がすことが出来ず、すべての荷重を素材が受け止めてしまうことによって発生します。逆にゴムを考えると、硬さが全くない分、表面へ荷重をかけてもゴム自体が変形することにより素材がある程度の荷重を逃がす働きをするため、ゴムが粉砕するようなことはありません。

サーヴィスナイフ

金属では硬さが高くなるほどもろさも高くなることは当たり前のことで、包丁メーカーでは、切る食材や使われる用途によって最適な素材と硬度を選定し、研究された上で製品化を行っています。切れ味や刃先の耐久性、更には様々なユーザーが使用しても刃が折れない・刃が欠けないなど、様々な要素を吟味しているのです。

特に用途によって、硬度や靱性のバランスは重要となってきます。たとえばサービスナイフやヨーロッパで用いられているフィレナイフなど、皮や身に沿って刀身をしならせて切断をする必要があるナイフなどでは、刀身に硬度があると途中で折れる可能性が発生し、あえて、硬度を落とした素材を刀身に使用する必要があります。

つまり、食材や用途によって刀身の硬度は決まってくるものであり、包丁の性能はすべてが硬度で測ることは出来ないのです。

焼き入れを行って硬度が出る刃物材は、一般的に焼き入れにより素材の活性化を行い、組織内の構造を科学的に変更することで全体の硬さを出します。しかし、この材料を硬くすることは言い換えると材料を脆くすることと同じです。つまり「硬度が高い」イコール「強度が増す」わけではありません。

包丁も「焼き入れ」を行った後、必ず「焼き鈍し」という工程を行い、硬度が上がりすぎた材料を、使いやすい硬さにあえて戻す工程を行っています。この工程を無くした包丁は硬度が基準上高くなりますが、使用する上で、刀身が真っ二つに折れてしまうなど、非常に危険な道具になってしまいます。

包丁は手作りだとしても工業製品ですから、この危険性は必ず配慮しなくては製品として市場に出すことは出来ません。いたずらに硬度が高いことが優れた切れ味に繋がることではないことを理解する必要があります。

硬度の高さは耐久性に繋がる

硬度が高いことによってメリットがあるのは、耐摩耗性があがり永切れすることにつきます。常に包丁は食材やまな板などと接触し続けるため、硬度が高いことによって刃が丸まりにくくなり、切れ味が長持ちするといえます。

弊社でも高い硬度(約HRC62度程度)を誇る素材として粉末ハイス鋼を刀身に使用した包丁などもあります。この粉末ハイス鋼は金属を削るためのドリルや工具、金型などに使用される材料で、非常に硬く摩耗などに強い材料として知られています。

しかし食材として金属並みに硬度のあるものは世の中に存在しません。つまり一般的な調理ではあくまでもいかに硬いものを切断できるかではなく、耐摩耗性が高く永切れすることにより、研ぎ直しの手間が普通の包丁よりも少なくてすむことがひとつの特徴となるのです。

しかし、どんなに優れた包丁でも必ず刃先は摩耗し、研ぎ直しを行わなくてはなりません。あまりにも高い硬度を誇る包丁の場合、砥石での研ぎ直しもままならず、取り扱いが難しいなどのデメリットもあるといえます。

以上を踏まえると、包丁で食材を切る上ではHRC硬度では52から62程度が適当といえ、この硬度よりも高い場合は、そのままでも刀身の折れなどに注意しなくてはならない非常にピーキーな刀身になってしまいます。特に本刃付け仕上げなどを行った場合、刃先が相対的に薄くなるので、横方向への力が加わると、刃欠けや刃折れなどの危険性が非常に高くなります。

公道でF1レーサーが走る場合、どれだけ車の性能が良かったとしても、レースのような限界走行は行いません。自分の技術と状況によって、それに合った性能の包丁を選ぶことが、包丁を使いこなすコツといえるのです。